東方キャラで語る飛行機の歴史 その8
「ふむ、べりやさんか・・・ちゅるやさんのパロディも色々なのがあるなあ。」
「って、またのっけからわけの分からないことを・・・このコーナーは飛行機の歴史でしょ?」
「まぁ、作者の趣味全開で作ってるコーナーだから・・・多少のことは良くあることとしておきましょうか」
「そうねぇ・・・ところで、本題に戻るけど今回はどこの飛行機をやる予定なの?」
「ええと、今回はソビエトの無反動砲搭載戦闘機ツポレフANT−23とANT−29ね。」
ツポレフANT−23(ANT−29は画像が発見できませんでした。ごめんなさい)
「お、久しぶりにソビエトの飛行機か。」
「そのようね・・・でも無反動砲搭載って・・・そんなの飛行機に載るかしら?」
「この無反動砲戦闘機の構想が出来たのは1920年代末の頃ね。当時の戦闘機は構造があんまり強くなかったせいで大口径の機銃が積めない事が多かったの。そんな時にソビエトの技術者L・V・クルチェフスキーが思いついたのがこの方法。」
「このクルチェフスキーの無反動砲だけど、ロケット弾とはまた違う原理で出来ていたの。砲身の前後が開いていて砲弾と反対方向に同じ重さの重りを打ち出す方式なの。これで砲身にも機体にも反動が伝わらないわけね。」
「なんか危ないような・・・いや飛行機ならそんなに気にならないのかもしれないけど。」
「まあ、いろいろ変わっているのは確かだけどやっぱり機銃の射程外から大口径砲の一撃で敵を吹き飛ばすというのが大砲大好きロシア人の琴線に触れたのかソ連軍は無反動砲戦闘機を作ることにしたんだけど、ここで一つ大問題が発生。」
「そう、初弾はいいけど再装填はどうするのか?ということね。なにしろこの無反動砲は弾数が10発でしかもやたら装填に時間がかかったの」
「しかしクルチェフスキーはあきらめずに無反動砲を改良、電気で自動装填を可能にしたのよ。」
「ただし、その代わりに砲が大型化して砲身の大きさが4メートルになっちゃったけど。」
「4メートルって・・・そんなもんどうやって普通の戦闘機に積むのよ?」
「そんなわけで、1929年からツポレフ設計局がV・N・チェルニチョフの指揮下で戦闘機の開発を行うことになったわ。」
「ええ、飛行機を双胴式にして、左右の胴体に収める事にしたようね。エンジンは中央胴体にタンデム式で装備よ。」
「ANT−23試作1号機は1931年に完成、初飛行したんだけどどうも評判は良くなかったの。まず安定性と操縦性が良くない上に後方エンジンが推進にあまり役に立ってなかったの。おまけに後ろにエンジンがあるせいで下手に脱出できなかったり。」
「それでもソ連空軍はめげずにテストを再開、武装テストまで行ったんだけどここで飛行中に無反動砲が暴発、後ろのエンジンのせいでパイロットは脱出できずに死亡してしまったの。」
「これが致命傷になってANT−23の開発は中止されたんだけど、1932年にツポレフ設計局のA・A・アルハンゲリスキーが設計担当となって新しく無反動砲戦闘機ANT−29の開発に着手したわ。」
「こちらの方は同時期に作られていたSB−2爆撃機を元に普通っぽい飛行機になったわ、試作機製作が遅れに遅れて初飛行は1935年になってしまったの。しかも性能が思いっきり低かったの。」
「うーん、当時の爆撃機と比べてどのくらい差があったの?」
「この機体の元になったSB−2爆撃機の最高時速が450キロだったのに対してこのANT−29は最高時速352キロね。」
「爆撃機より性能悪いんじゃ戦闘機には無理よねぇ・・・」
「しかしこんな失敗続きで当時のソ連で平気だったのか?
「くそ、なんてことだ・・・このままじゃこっちの身が危ない、どこかに亡命でもしないと・・」
トントン
「あなたには国有財産の浪費による反逆罪で逮捕状が出ています」
「ば、馬鹿な!設計に失敗したのはツポレフ設計局の連中だろう!?」
「あぁ、心配しなくても設計局トップのツポレフは既に収容所送りです」
「弁明は人民裁判でどうぞ、弁護士も付いています。検察官と同時に兼ねていますが」
「・・・というわけでクルチェフスキーは逮捕されて設計局も解散、同時期にツポレフも収容所送り。」
「ホントソ連の飛行機設計は地獄ね・・・」
出演:十六夜咲夜
博麗霊夢
霧雨魔理沙
射命丸文
蓬莱山輝夜
間桐慎二
桂言葉
穂村愛美
参考資料:
- 作者: 岡部ださく
- 出版社/メーカー: 大日本絵画
- 発売日: 1998/12
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