萌える春秋戦国史 「しゅん☆じゅう」 その14
さて、今回で萌える春秋戦国史も14回目ですね。
作者曰く「2話前で死人が出なかった分多く出た。というか平均2.3人は出る」とのことですね。
斉の首都・臨淄
鮑叔
なんですって、宋で反乱が起こって宋閔公が殺害された!? 一体何が起きたの?
ふむ、半分以上自業自得という気もするけど・・・一応前は共同で魯と戦った同盟国、何か手を打たないと。
管仲
いや、そうたいした事にはならないだろう。虎も平地に降りれば犬の群れにいじめられる。南宮長万も戦場では虎と言っていいが、宮殿では鼠と変わらない。いずれ長生きは出来ないだろうさ。
この会話が13話で反乱のおきた直後(紀元前682年)ですね。で、前回見たとおり反乱は鎮圧されたのですが・・・
申し上げます、宋の反乱は鎮圧され、新しく公子御説が宋桓公として即位しました!(紀元前681年)
へぇ、結構早かったじゃないか。ふむ・・・殿が即位してからそろそろ5年近く(斉桓公の即位は紀元前685年)立つし、国力も充実した。そろそろ近隣諸国に会盟を号令しようか。
会盟の大義名分はどうするの?
そうだな、宋の政情を安定させるために宋桓公の即位を承認するため・・・といったところだろうな。だけどその前に。
我が斉の力を見せるために魯に出兵しよう。3年前の乗丘の戦いでは敗れたが今度はそうはいかない。
魯の首都・曲阜
なんやと!くっ、ここ数年は軍を動かさなかったのに・・・曹沫!すまんが兵を出して斉軍をたたき出すように!
さて、何とか兵は揃いましたが斉軍の動向がまだ不明・・・偵察の兵がそろそろ戻ってくるはずだけど・・・
報告します!斉軍は汶水(魯北部を流れる川)北岸に布陣している模様!
ふん、これだけ兵をそろえれば小細工なんか意味はないぜ。一気に魯軍を叩いてやる!
ロードローラーッで!
こうして、魯北部での戦いで曹沫率いる魯軍は敗退したの。しかもこの直後魯は再び侵攻を受けて領土を奪われる事になるのです。
やはりどこかの誰かが言ったとおり戦は数で決まってしまいますからね・・・まぁ、戦史のなかでは少数が多数を破るというのもあるのですが。
斉都・臨淄
斉桓公
よくやったわ。これで前の戦の借りを返せたわね。
それでは周辺各国に会盟を召集しましょう。場所は・・・そうね、北杏(現在の山東省東阿県)がいいかと。
斉・北杏の地
それが・・・集まりが良くないですね・・・今のところ宋・陳・蔡・邾の大夫しか来ていません。
大夫ですって?こういうときは国君が直接来るんじゃないの?それに他の国はどうしたのかしら。
それが、魯・曹・鄭・衛は号令を黙殺したようだな。ついでに魯の属国の遂は号令を拒否してる。
いえいえ、俗に3人集まればそれを衆といい、衆は故なく散ずべからず、といいます。5カ国も集まったのですから予定通り行いましょう。
こうして紀元前681年、斉桓公は北杏で会盟を行ったの。斉桓公はこの後8回諸侯間の会盟を主催する事になるわ。
他国を圧倒するにたる強大な国力。
諸侯を召集して会盟(国際会議)の会頭をつとめ、天下の事を取り決める。
小国を守り、滅ぼされた国の復興などをする。
夷狄を討ち、中原諸国の安寧に貢献する
今回は「諸侯を召集して会盟(国際会議)の会頭をつとめ、天下の事を取り決める。」に当てはまるわけね。
そうですね。そしてこの後のことですが、管仲は斉軍を率いて会盟を拒否した遂国へ奇襲を仕掛けたの。
そうですね。当然魯荘公は曹沫に命じて援軍を派遣したのですが・・・
魯都・曲阜
・・・というわけや。済まないけど軍を出して遂を救援してほしいんや。
遂までは普通に行けば5日の道・・・だが強行軍をかけなければ遂が陥落してしまう・・・
一方遂では
こんな小城を落とすのに手間取っては威信に関わる、一気に攻め潰せ!
管仲の率いる斉軍はあっという間に遂を攻め落としてしまったの。曹沫率いる魯軍は帰還するしかなかったわ。
魯都・曲阜
曹沫の邸宅
・・・(これ以上生き恥をさらすわけにはいかない・・・短い間だったけど、良い主君に使えられたのが救いね・・・)
季友
魯荘公の弟。成季とも呼ばれる。後に魯の危機を救う事に・・・
この度の曹沫殿の采配にはいささかの落度も無く、よって謹慎する必要は無く、また自害などは決してならぬ。殿はそう仰せです。
しかとお伝えお伝えしました。復命のため、貴殿の剣を預からせていただきます。
そしてその後
おお、久しぶりやな。元気になったようで何よりや。そろそろ剣を返さなあかんかな。
いえ、しばらく大きな戦いは無いでしょうから、剣は必要ありません。
おそらく、殿を会盟の場に引きずり出し、深謝させることが目的かと。
・・・私に考えがあります。今度は斉との会盟に出席してください。
そんな事をすれば、斉に奪われた領土をそのまま渡す事にならないか?
こうして魯荘公は斉の柯という場所で斉桓公と会盟を行う事になったの。
魯としては屈辱の講和条約ということね・・・
斉・柯の地
おかしいなぁ…どうしちゃったのかな
この戦いは元々斉が魯に仕掛けたものなんだよ
それなのに魯の国内を荒らして領土を奪い取ったり
さらには属国の遂まで滅亡させて・・・
ねぇ、私の言ってることそんなに間違ってる?
少し、頭冷やそうか・・・
近づかないで!少しでも近づけば桓公にはこうなってもらうわ!
ショッキングってレベルじゃねーぞ・・・・・・
斉ほどの大国がわが国のような小国を侵すのに度を越していましょう。辺境の邑は荒れ、魯は圧迫されています。どうかご再考願いたい。
こちらの条件は簡単です。魯から奪った領土を返していただきたい。
こうして曹沫の荒業によって斉は魯へ領土を返還することになったの。
ええ、もちろん斉桓公は返す気など無かったのですが・・・
・・・あんな約束が何よ、もう一度魯に侵攻してあの曹沫の首を取ってやらないと・・・
それじゃ小さな利益をむさぼって自分が喜ぶだけだ。それじゃ天下の諸侯の信頼は得られない。ここはすっぱり渡すべきかと。
こうして斉桓公は魯に失地を返還したの。このおかげで斉の威信は高まり諸侯の信頼も高まることになったわ。
次に斉は北杏の会盟に来なかった鄭に政治工作を行う事にしたの。
当時の鄭では鄭荘公の息子の公子嬰が祭足に立てられて国君の座についていたの。
この前に公子突が祭足と仲たがいして国から出奔していたのはご存知ですね(第7話参照)この後に彼は鄭の櫟城を奪い取って復位の機会をうかがい続けていたのです。
ところが祭足の生きている間は手も足も出ず彼の死後も膠着状態のまま17年が過ぎていたのですが・・・
ここで斉は彼を支援する事にしたのです。作戦は上手く行き、公子突は鄭の重臣の俌瑕を裏切らせて公子嬰を殺させる事に成功しました。彼は鄭窅公として復位することに成功したのですが・・・
何かあったというよりは戦後処理を誤ったという感じですね。彼は自分に通じた俌瑕を処刑したばかりかかつて自分に敵対した公子や重臣をどんどん処罰したのです。このおかげで国内がざわつき、安定が得られなくなってしまいました・
とはいえこのことで鄭も斉の影響下に付く事に。この後斉は着々と覇者へ向けて道を歩んでいく事になります。
番外 今回の死亡者
俌瑕
鄭の大夫。前680年没。櫟にいた窅公と約し、鄭子とその二公子を殺した。しかし、鄭に戻った窅公に殺されてしまった。
鄭子
第7話より登場。鄭国第七代君主。在位年は前693〜680年。名は嬰、字は子儀。有力公子の一人。陳にいたが、子亹が殺されたため祭足に迎えられて位についた。13年間位についていたが、子孫が位につけなかったため諡は無い。窅公(公子突)に通じた俌瑕に殺された。
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