萌える春秋戦国史  「しゅん☆じゅう」 その8


さて、今日も萌える春秋戦国史の8回目を始めるわよ。


えーと、確か今回は各国と人物の解説がメインだったな。


そうね、今まで出てきた国と人物、後これから出てくる予定の人物も紹介していくわ。






まずは第一部の主役だった鄭ね。


主な説明は以下の通りだぜ。



姫姓。伯爵。西周末期にできた新興国で、封君は周の窅王の子、王子友(桓公)。当初は陝西省内にあったが、周の東遷とともに河南に移った。東周を支える有力諸侯の一つであったが、晋や楚が台頭してくるとその盟下に降った。晋と楚の両大国に挟まれた位置あるため、国内が戦場となることが多く常に難しい外交を強いられる。交通の要衝を占め、商業が盛んな国。国都は鄭(新鄭)。所在地は今の河南省内。春秋の十二諸侯の一つ。


この晋と楚はまだ出てきていないけど、これ以降重要な位置を占める国だから覚えておいたほうがいいわね。


なんか、説明を見てみると欧州のポーランドみたいな国なんだな。


そうねぇ・・・強国に挟まれた国の悲哀というのが・・・


次は人物紹介だな。



桓公
第1話に登場。鄭国初代君主。在位年は前806〜771年。名は友。周の徐王の子、宣王の弟。周の宣王に鄭に封じられる。名君として民に慕われるが、周の幽王とともに申候・犬戎に殺された。



鄭武公
第1話に登場。鄭国第二代君主。在位年は前770〜744年。名は掘突。桓公の子。東虢や鄶などの国を滅ぼし、申候の娘を夫人に迎えるなど鄭の中原における基盤を築いた。また、平王を援けた功績から周の司徒に任命され、後に卿士となった。


武姜
第1話〜2話に登場。武公の夫人。申候の娘。武は夫の諡、姜は生国申の姓。武公に嫁ぎ、寤生と段を生んだ。しかし、弟の段を溺愛し反乱の原因をつくった。後に荘公と和解する。


鄭荘公
第2話〜6話に登場。鄭国第三代君主。在位年は前743〜701年。名は寤生。武公の子、母は武姜。鄭の最盛期を作り上げた名君。周の卿士であったが、後に周室と対立。繻葛の戦いで周王の軍を破った。覇者のさきがけといっていい人物。第一部の主人公。


鄭昭公
第4話〜7話に登場。鄭国第四代君主。公子忽。数々の戦いで軍を率い、斉に侵入した北戎を破るなど、太子としての地歩を固める。しかし、荘公には他にも有力な公子が多く、一度は即位したものの国外に逃れることになる。鄭に戻り即位するが、卿の高渠弥に殺された。その在位期間はわずか2年という短いものであった。


鄭窅公
第6話より登場。第2部にも登場予定。鄭国第五代君主。在位年は前700〜673年。名は突、字は子元。荘公の子、母は雍キツ。公子突。荘公の子で、公子忽と位を争う有力公子の一人。外戚である宋の雍氏の力で即位するが、その地位を維持することができず、蔡に出奔する。


公子亹
第7話に登場。鄭国第六代君主。在位年は前694年。荘公の子。有力公子の一人。高渠弥に立てられるが、すぐに会盟に出かけた首止で斉軍の奇襲を受け殺される。


鄭子
第7話に登場、第2部にも登場予定。鄭国第七代君主。在位年は前693〜680年。名は嬰、字は子儀。有力公子の一人。陳にいたが、子亹が殺されたため祭足に迎えられて位についた。13年間位についていたが、子孫が位につけなかったため諡は無い。(なぜそうなったかは後述)



共叔段
第2話に登場。鄭の公子。名は段。武公の子、母は武姜。別名京城の大叔。武姜に寵愛される。武公が亡くなると京に封じられ、次第に勢力を拡大、反乱を起こすが失敗し自決する。


祭足
第2話〜7話に登場。鄭の卿。字は仲足。祭仲とも呼ばれる。鄭の大夫で、後に卿となる。元は国境を守る番人(封人)であったが、荘公の寵愛を受け卿の位にまでのぼった。荘公の死後も実力を発揮し天寿を全うする。荘公と同じく第一部の主人公。


公子呂
第2話〜4話に登場。鄭の大夫。字は子封。桓公または武公の子。荘公に共叔段を討つよう進言し、共叔段が乱を起こすと兵を率いて京城を攻撃した。その後もいくつかの戦いに従軍するが4話で病死。


潁考叔
第2話に登場。鄭の大夫。前712年没。潁谷の封人。荘公と武姜を和解させ、孝子として称えられる。なお、一説には許の戦い(第4話)で味方に射殺されたとも伝えられる。


公孫閼
第4話に登場。鄭の公孫。字は子都。桓公または武公の孫。美男子として有名だったらしいが、許の戦いで瑕叔盈に射殺される。(なお、資料によってはここで公孫閼が潁考叔を射殺したとも伝えられる。)


高渠弥
第4話〜7話に登場。鄭の卿。前694年没。
荘公以来の重臣で、後に卿となる。昭公とは公子時代から仲が悪く、昭公は高渠弥が卿になることに反対していた。昭公の即位後も仲の悪さは変わらず、排斥を恐れて昭公を殺し、子亹を位につけた。『春秋左氏伝』では首止で斉軍に殺されたことになっているが、『史記』では鄭に逃げ帰っている。(今回は『史記』の記述を採用)


瑕叔盈
第4話〜6話に登場。鄭の大夫。弓の名手だが、実は公孫閼と仲が良くない。許の戦いで公孫閼を射殺するが、その罪は問われなかった。その後も数々の戦いに従軍。


雍糺
第7話に登場。鄭の大夫。前697年没。妻は祭足の娘。宋の雍氏の一族で、鄭に仕えていたものと思われる。窅公の命で舅の祭足を殺そうとしたが返り討ちにあう。



なんかこう・・・後半に行くにつれて君主のアイコンの扱いが・・・


没落振りが目に見えるわね。


(スタッフの笑い声)


さて、次は第2部の主人公になる斉だな。




姜姓。侯爵。周の功臣、太公望呂尚が封じられた国。商工業が盛んな国。最初の覇者桓公を出した東方の雄で、春秋時代では晋・楚に継ぐ大国。国都は臨淄(営丘)。所在地は今の山東省内。春秋の十二諸侯の一つ。

人物紹介はこんな感じね。


斉釐公
第4話〜7話に登場。斉国第十三代君主。在位年は前730〜698年。名は禄父。荘公の子。鄭・魯と同盟して勢力を伸ばし、斉が東方の覇者となるための基盤を築いた。紀の戦い(第7話)で鄭・魯連合軍に大敗し、帰国後まもなく病死する。


夷仲年
第4話〜第6話に登場。斉の公子。前699年没。荘公の子、斉釐公の弟。兄の使者として度々他国に行く。仲の悪い兄弟が多い中、釐公との兄弟仲は非常に良好。兄釐公の亡くなる一年前に病死。


斉襄公
第6話より登場。第2部にも登場予定。斉国第十四代君主。在位年は前697〜686年。名は諸児。釐公の子。鄭の公子亹を会盟と偽って呼び出し、奇襲する。妹萌え属性の先駆者。


文姜
第6話より登場。第2部にも登場予定。斉の公女。後に魯に嫁ぐがその前にどうも兄とあれやこれやしていたらしい。その辺非処女で大丈夫だったのだろうか?(紺野あずれ月野定規的手法使ってたかもしれないけども)



あと、次回から出てくる人物としては後の斉桓公 管仲魔理沙、鮑叔が私のようね。


お、いい役だな。




さて、次は魯の紹介ね。ここも第2部で少し見せ場があるわよ。


姫姓。侯爵。周公旦の封国で、長子の伯禽が治めた。春秋時代の有力諸侯の一つではあるが、東の斉や西の晋に対抗するだけの力はなく、それらの国に従って存続していた。周公の子孫の国だけあって文化水準が高く礼にうるさい国。国都は曲阜。所在地は今の山東省内の曲阜を中心とした一帯。春秋の十二諸侯の一つ。



魯隠公
第4話に登場。魯国第十四代君主。在位年は前722〜712年。名は息姑(息)。恵公の子、母は声子。
恵公の死後、太子の允が幼かったため允が成長するまでの間一時的に位についた。隠公に取り入ろうとした公子翬の進言を聞き入れなかったため、公子翬に暗殺される。賢君といっていい人物であるが、その評価は公羊伝・穀梁伝で大きく分かれる。
本作ではアイコンキャラと同じく非常に地味な扱いである。


公子翬
第4話に登場。魯の卿。字は羽父。孝公の子。隠公に取り入ろうとして公子允を除くよう進言するが、聞き入れられなかったので公子允に讒言し、隠公を殺した。桓公(允)を位につけて自らは宰相となる。


桓公
第5話に登場。第2部にも登場予定。魯国第十五代君主。在位年は前711〜694年。名は允。恵公の子・母は仲子。恵公が晩年にもうけた子で、母の仲子が寵愛されたため太子となる。隠公を殺した公子翬によって君に立てられた。



第2部以降に登場予定の人物のアイコンはこんな感じね。



ふむふむ、今回はこの作品か・・・


次は宋ね。どうもぱっとしない国ではあるんだけど意外と長生きなのよねぇ・・・・




子姓。公爵。始祖は殷(商)の王子、微子啓で、殷の遺民が封じられた国。そのため、殷王朝の風習を残している。
前王朝の民への配慮からか公爵の爵位を与えられており、周王朝における爵位は最も高い。戦国時代まで存続する。国都は商丘。所在地は今の河南省内。春秋の十二諸侯の一つ。



宋殤公
第3話〜5話に登場。宋国第十五代君主。在位年は前719〜710年。名は与夷。宣公の子。叔父の穆公の後を継いで即位した。しかし、宣公が見抜いた通り君主としての器量はあまり優れていなかったようである。在位10年で実に11回も戦争を行ったという。第5話で孔父嘉と華父督の争いに巻き込まれて謀殺される。


宋荘公(公子馮)
第3話〜7話に登場。宋穆公の子。父の穆公が公子与夷(宋殤公)に位を譲ったので鄭に出奔した。しかし、その与夷(殤公)が華父督に殺されたため、君を弑した華父督に迎えられて位についた。


華父督
第5話より登場。第2部にも登場予定。宋の卿。前682年没。名は督、字は華父。公子説の子。孔父嘉の妻を見初め、孔父嘉を殺して妻を奪う。さらに殤公をも殺して自身は大宰(宰相)となる。実力は確かで、主君を弑したにもかかわらず30年もの間国の実権を握り続けたが・・・・・・


孔父嘉
第4話〜5話に登場。宋の卿。前710年没。名は嘉、字は孔父。
宋の大司馬。妻が非常に美しかったため、華父督に妻を狙われ、5話で謀殺される。孔子の六世の祖。


魏氏
第5話に登場。孔父嘉の妻。宋国一の美人として名高いが、後に華父督に攫われる。





次は衛ね。残念ながら殆ど目立たないというかずっといい目は見なそうね・・・・



姫姓。侯爵。始祖は周の武王の弟、康叔封。宋と共に殷(商)の遺民を二分して建てられた国。春秋時代には有力諸侯の一つであったが、異民族の侵入や大国の圧力によって次第に領地を削られてゆく。戦国時代になると領地は濮陽のみとなり、秦が勢力を伸ばすとその支配下に入った。秦の二世皇帝の代まで存続するが、前209年に最後の君主角が廃されて平民となり、滅亡した(秦の天下統一時にはすでに諸侯では無くなっているものと思われる)。国都は朝歌で、後に度々遷都した。所在地は今の河北、河南の両省にまたがる地域(殷の故地)。春秋の十二諸侯の一つ。


桓公
第2話〜3話に登場。衛国第十三代君主。在位年は前734〜719年。名は完。衛荘公の子。第3話で州吁に暗殺される。


衛州吁
第3話に登場。衛国第十四代君主。在位年は前719年。荘公の子。公子州吁。荘公の愛妾の子。荘公に特に可愛がられ、衛君の位を望む。衛桓公を暗殺し衛君としての立場を固めるために東門の役を起こすが、失敗し陳で処刑された。


衛宣公
第3話に登場。衛国第十五代君主。在位年は前718〜700年。名は晋。荘公の子。州吁の乱の後即位した。大過なく衛を治めていたようであるが、後継問題の処理を誤り後の乱の原因をつくった。


石厚
第3話に登場。衛の大夫。前719年没。石碏の子。公子州吁と仲が良く、父に州吁と遊ぶことを禁じられるが聞き入れなかった。成人後も二人の関係は変わらず、州吁が位につくとその補佐をした。そのため、州吁と共に陳で処刑された。


石碏
第3話に登場。衛の大夫。公子州吁の振る舞いを憂い、荘公を諌めたが聞き入れられなかった。公子完が太子となったので安心して引退したが、州吁が桓公を殺して位についたので、策をもって州吁を除いた。州吁を処刑するために、我が子をも殺したので忠臣として称えられた。


右宰醜
第3話〜4話に登場。衛の大夫。名は醜、右宰は官名で、氏は不明。衛の右宰の職に就いていた人物。陳で捕えられた州吁の処刑に立ち会った。後に宋の援軍として鄭に攻め込むが鄭軍の奇襲を受け戦死する


孺羊肩
第3話に登場。石家の家宰。石厚の処刑に立ち会った。



最後は周ね。第一話で話したとおり権威は地に落ちて東周王朝はほとんど有名無実なんだけどそれでもちょこちょこ出てくるの。



幽王
西周王朝第十二(十三)代君主。在位年は前781〜771年。名は宮涅(涅)。周の宣王の子。
西周王朝最後の王。褒似を寵愛し、太子の宜臼とその母申后を廃した。そのため申后の父申侯に攻められ、驪山のふもとで殺されたというかリアル狼少年?


褒似
幽王の夫人。褒は出身国の褒、姒は褒の姓。褒の国から周の幽王に献上され、寵愛を受ける。褒姒の生んだ伯服が太子になったため、廃された申后の父申侯に攻められ、驪山のふもとで捕らわれる。その後は不明。傾国の美女。笑わない美女として有名。


周平王
周王朝初代(周王朝第十三代)君主。在位年は前770〜720年。名は宜臼。幽王の子、母は申后。
幽王の太子であったが褒姒を寵愛した幽王に廃され、母と共に申に逃れる。幽王の死後、申で即位し、東の洛邑(洛陽)に移る。在位50年という長さのため、次の王位には孫がついている。


周桓王
周王朝第二代君主。在位年は前719〜697年。名は林。平王の孫、洩父の子。父の洩父が亡くなったので、平王の太子(太孫)となる。往時の力を失ってしまった周王室の復権を望み、諸侯でありながら大いに力を振るう鄭の荘公を嫌い、繻葛において鄭と戦う。しかし、大敗して周王室の権威をさらに失墜させてしまった。


周公黒肩
周の卿。前694年没。周公の子孫。周公旦の次子の子孫。周は采邑名で、周公旦の采邑の名称をそのまま使用していたという。周の桓公とも呼ばれる。




こうしてみるとかなり大勢出てきているなぁ・・・


ま、その分途中退場も多いけどね。


で、次回から斉の話か・・・楽しみだぜ。


なお、アイコンは以下のサイトから使用させていただきました。


ぶらんけっと様
眠りの園様
まこっちゃん記様
し〜くれっとも〜ど様
みょふ〜会様