萌える春秋戦国史 「しゅん☆じゅう」 その27


さて、今回で萌える春秋戦国史も27回目ね。


今回は前回起こった韓原の戦いのその後です。







紀元前645年 秦都・雍


秦穆公
さて、皆の働きのおかげで韓原では大勝することが出来ました。ところで、捕らえた晋恵公ですが・・・


晋恵公
くっ・・・


公子縶
このような恩知らず、生かしておいても益がありますまい。必ず国に帰せばまたわが国に害をなします。


公孫枝
この際斬り捨ててしまいましょう!


ふむ・・・・・・


百里
いえ、殿、お待ちください。


何か意見があるの?


はい。確かに晋公は恨み重なる相手ですが、曲がりなりにも一国の君主です。下手に斬れば晋に恨みの種を蒔く事になるでしょう。


蹇叔
それに、今の晋公を斬って、次の晋公が名君であれば必ずわが国に復讐しようとするはずです。むしろ晋恵公を返して、晋の国内を乱れさせたままにした方がいいでしょう。


・・・少し考えてみる事にしましょう。皆、下がるように。


ははっ。



うーん、どうしたものでしょう・・・ん?あれは・・・


穆姫
・・・・・・


妃よ、喪服など着てどうしたというの?


あなた、お願いがあります。弟の裏切り行為を許せぬ気持ちは百も承知していますが、姉として黙ってはいられません。どうか、弟の命だけは・・・


・・・・・・




皆、揃ったわね。先日の件ですが、私は晋恵公を返す事にしました。


な、なんですと!?しかし・・・


これは決定した事です。


しかし、ただ返すだけでは公子縶の言うとおりまたわが国に害をなすかもしれません。ここは晋恵公を返す代わりに晋の太子を人質に取りましょう。それなら今後晋も妙な真似が出来なくなります。


それがいいわね。


あと、いい機会ですので以前渡すといった河南の城もわが国に割譲させ、飢餓対策用の食料も送らせましょう。


よし、では早速晋に使者を送りなさい!


こうして、なんとか晋恵公は太子圉を人質に差し出すことによって帰国を許され。晋に帰国しました。


太子圉
恵公の子、母は梁嬴。前636年没。生まれる時に人の臣になるだろうと占われたので、圉と名付けられた。韓原の戦いの後、秦に送られ、人質となった。


なんかこう、どう見ても死亡フラグが立ったような・・・



晋都・絳


司馬説
おい、聞いたか?どうやら殿が秦から帰国を許されたらしい。お前は殿から恨まれているはず・・・今のうちにどこへなりと亡命した方がいいぞ。今なら見て見ぬ振りが出来る。


慶鄭
いや・・・いい。


・・・?


ふぅ・・・何とか生きて帰れたわね・・・まったくどうなる事かと・・・ん?あれは・・・


・・・


あれは慶鄭!?よくもぬけぬけと・・捕らえなさい!


・・・殿、ご無事で何よりです。


ふん、罪ある身でよくも都に残っていたわね・・・


・・・私に罪があるとすれば、まず第一に、秦を討つ事の非を説きながら、それを殿に納得させる事が出来なかった事です、次に、戦列を離れろと命じられながら離れず、敗残の兵が全滅するのを座視できずに兵をまとめて退却する事を司馬に進言し、しかも一緒に兵を率いて帰国した事でしょうか。


ぐっ!この期に及んでなおも口舌を弄しますか!そちが余計な事をしなければ韓簡と梁由靡は秦穆公を捕らえていたのに・・・そちは反逆者よ!


いいえ、現実に捕らえてみなければ果たして捕らえられたかは誰にも分かりません。それにあの泥沼の中で殿は私の罪の一切を水に流すとおっしゃられました。それに応えなくてはならない道義的な義務があります。それで二将に救援を頼みました。他意はありません。


黙れ!そちはあの時接近していた秦軍に怖気づいて逃げ出した卑怯者じゃないの!


いいえ、卑怯者でない証拠に断罪されるを承知でこの通り城に残り、殿のお裁きを受けています。


・・・この反逆者を捕らえて処刑しなさい!


お言葉ですが殿、聞き及びました限りでは慶鄭の犯した罪はいずれも軍法違反でありますので、軍法にかけた上で処罰するのが適当かと思われます。


・・・いいでしょう。ただし、必ず処刑するのよ、しかも、即刻!


分かりました。そのように・・・



その夜


ふむ・・・私もここまでか・・・ん?


おい、慶鄭殿。


司馬説殿か、そろそろお迎えが来たのかな?


馬鹿なことを言うな、今職権で城門を開けて来たところだ。今ならほとんど人もいない。さぁ、逃げるんだ。


いいのか?殿は・・・


いや、殿はお前を処刑しろとは言ったが、首を見せろとまでは言っていない。明朝適当な死刑囚をお前だという事にして処刑すればすむ。


・・・そうか・・・しかし、どうして?


朝臣や城下の人々は皆お前に同情している。これ以上人心を離反させていいことは何もない。


済まない。では、さらばだ・・・


こうして、慶鄭はいずこへともなく去りました。


ところで、秦に送られた人質の太子はどうしたのかしら?


ええ、人質として送られた太子圉を秦穆公は厚遇し、公女の一人を娶わせました。しかし、秦での評判は思わしくなかったようで、こんな話があります。



公孫枝、あの太子圉は君主としてどうでしょう?


君主どころか、大夫にもなれますまい。その名の通りに人に使われる身分がふさわしいでしょう。



ひどい言われようね・・・


まぁ、このアイコンになった時点で、お察しください。



その後・・・


・・・秦に負け、人質も取られた・・・国は乱れ。他国に兵を出すどころではなくなってしまった・・・



どうして、どうしてこんな事に・・・


もし、もしいま重耳兄上が戻ったら・・・私は殺される・・・


殺されてたまるものですか・・・でもどうすれば・・・


そうだ、殺される前に先手を打って・・・!


閹楚!閹楚はいますか!


閹楚
は、ここに・・・


重耳を殺してきなさい!何年かかっても構いません!ふふ、私が死ぬか、重耳が死ぬか・・・それまで帰ってきてはなりません!


かしこまりました。では・・・



こうして、晋恵公は亡命した重耳に刺客を差し向けます。


今回はここまでかしら?


そうですね、次回からは亡命中の公子重耳にスポットを当てていきます。



なお、アイコンは以下のサイトから使用させていただきました。


ぶらんけっと様
眠りの園様
まこっちゃん記様
し〜くれっとも〜ど様